高さ10mの防潮堤を越えた津波

岩手県宮古市田老を襲った津波

「津波防災の町」で起きた誤算

岩手県宮古市田老地区はかつて「津波防災の町」と呼ばれていた。
1896年の明治三陸津波、1933年の昭和三陸津波で壊滅的被害を受けた町は、「二度と同じ悲劇を繰り返さない」と誓い、高さ約10.65メートル、全長2.4キロの巨大防潮堤を築いた。
その姿はやがて「万里の長城」とも呼ばれるようになった。
しかし2011年3月11日。
その防潮堤を、津波は越えた。

「防潮堤があるから大丈夫」という安心

田老では長年、住民参加の避難訓練が続けられていた。
それでも、防潮堤の存在は大きな“安心材料”となっていた。
「津波が越えるわけがない」
「ここまで来れば大丈夫」
そう信じた人も少なくなかった。
地震後、「津波は4メートル」との情報が流れた。
過去の経験から見れば、防潮堤で防げる高さだった。
だが実際に押し寄せたのは、それをはるかに超える巨大津波だった。

避難をためらった時間

宮古市では津波と地震で多くの命が奪われた。
ある夫婦は、防潮堤を信じて自宅にとどまった。
避難を呼びかけられても、「うちは大丈夫」と判断した。
津波は背後から襲い、夫は命を落とした。
別の高齢男性も、「防潮堤を越えるわけがない」と避難を拒んだ。
妻だけが高台へ向かい、助かった。
男性は帰らぬ人となった。
防潮堤があったからこそ、「逃げなくてもいい」という判断が生まれた可能性は否定できない

防潮堤は「最後の砦」ではない

防潮堤は被害を軽減する重要なインフラだ。
しかしそれは「絶対の安全」を意味しない。
東日本大震災では、津波と地震で1万8000人以上が犠牲になった。
その中には、「大丈夫」と思った時間が命取りになったケースもあった。
防災とは、構造物だけに頼ることではない。
揺れたら、すぐに高台へ。
警報を待たない。
情報を過信しない。
防潮堤があっても、なくても、
最後に命を守るのは“行動”である。
「津波防災の町」と呼ばれた田老でも、想定は覆された。
災害は、想定通りには起きない。
そして「これまで大丈夫だった」は、次も大丈夫を意味しない。
南海トラフ巨大地震が懸念される今、
防潮堤の有無にかかわらず、
“揺れたら即避難”を徹底できるかどうか が命を分ける。
防災は過信しないことから始まる。
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